大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和34年(行)5号 判決 1964年5月22日

原告 河原治一

被告 新穂村村長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の求める裁判及び主張は別紙のとおりである。

二、証拠関係<省略>

理由

一、被告のなした売買契約に原告主張の如き無効原因が存在するか否かにつき検討する。

(一)  新穂村が訴外新潟交通株式会社に同会社の運行しているバス路線の新穂駅(単なる停留場ではない。)駅舎の敷地を提供する(賃貸する)目的で、被告が新穂村々長として新穂村のために昭和三四年四月二七日訴外宗教法人日吉神社から同神社所有の本件土地を代金六五万円で買受け、同年五月二一日新穂村へ所有権移転登記をしたことは、当事者間に争がない。

(二)  ところで原告は「被告のなした右売買契約が日吉神社に便益を与える目的で新穂村の公金を支払したから憲法第八九条、地方自治法第二三〇条に違反する無効なものである。」と主張する。

(1)  そしてまず「近傍類似の価格からみて本件土地の売買価格は金五七、一五二円(坪八九三円)をもつて相当とする。」旨主張するけれども、成立に争のない甲第四号証によれば、右の価格は本件土地の固定資産評価額であると認められ、従つて後述の如き本件土地の立地条件を考慮するならば、右の価格をもつて売買の相当価格といえないことは明らかである。

(2)  次に原告は「同神社が神社庁に対し本件土地を売却することを認可申請し、その認可を得た際に、見積価格を金三〇万円としていたから、前記売買代金六五万円との差額金三五万円は同神社に便益を与える目的で支払われたものである。」旨主張するけれども、境内地を不当に処分することを防止する目的で右処分の認可を必要としたにすぎず、その認可に付した一応の目安となる価格にすぎないと解するのが相当であつて、右金三〇万円での処分の認可があるからといつて、直ちにそれを越す金三五万円を神社に便益を与える目的で支出されたものということにはならない。全立証によるも右主張を肯認するに足りる充分な証拠はない。

(3)  更に原告は「被告が昭和三三年中新穂村のために買収した土地代金は坪当り金一、〇〇〇円或は金一、一六六円であつたのに比較し、本件土地代金が一坪当り金一万円余になるのは高すぎる。」旨主張するけれども、証人相田清の証言及び被告本人尋問の結果によれば、右主張のとおりの価格で原告主張の場所を被告がそれぞれ買取つているが、そのいずれの土地も従前より新穂村か或は第三者が借地権を有していたこと、かつ既にその借地上に村として建物を所有して来た関係部分もあつて、本件土地の値段と比較すると特に安かつた事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(4)  なお原告は「本件土地の大部分に昭和一七年以来貯水池が設置されて来たことから、一般の用途に向かないため値段も一般よりも安い筈である。」旨主張する。なるほど本件土地の一部分に昭和一七年以来貯水池が設置されて来たことは当事者間に争がない。被告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第一号証から第三号証まで並びに弁論の全趣旨によれば、訴外新潟交通株式会社の建設した駅舎の建築規模と基礎工事(貯水池の四隅に更に鉄筋を入れ、その上に建築して地下を貯水池とする。)などからして、その敷地としてであるから、右貯水池が存在するからといつて特段と安く買取らなくともよいと認められる。

(5)  むしろ証人相田清、計良博の各証言及び被告本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。即ち、旧来から存続して来た新穂駅(いわゆる国鉄との連帯駅として、本土の国鉄までも含めて通し切符を買えたり、或はバスと佐渡汽船との通しの切符を買えたり、或はチツキの出し入れができるバスの駅)があつたところ、狭くなつたため、訴外新潟交通としては駅舎を新築することにし、その敷地として本件土地の面している県道添いに両津市へ向つて左側に面し、かつ、本件土地附近から瓜生橋までの間の場所を提供(賃貸)してほしい旨を申し入れて来て、もしもその附近に敷地がなければ隣の畑野村に駅舎を移したいとも申し入れて来た。新穂村としても是非村内に駅舎を設置されるのが住民のため非常な便益があることから、昭和三三年からいろいろと対策をたて、旧来の場所では補償費金三〇〇万円位要求されて金額の点で折り合いがつかず、更に小学校校庭の一部を候補地に挙げたが、教育委員会やP・T・A側から強い反対に遭つて実現に到らなかつた。村議会内に右敷地獲得のため特別委員会を設けて交渉に当らせたが、他に適切な土地がなく、値段の点も考えると本件土地を買取る以外に方法がないということに帰した。他面神社側としてはなるべくなら境内地でもあるから切り売りを反対する態度にも出たが、村全体の便益になることを強調して折衝の末、昭和三三年九月頃仮契約を成立せしめ、昭和三四年三月の村議会でその買取り方の議決を経て被告は同年四月二七日本件土地を代金六五万円で買取つたのである。なお近傍類似の取引例として昭和三三年頃本件土地から二〇〇米位離れた場所を新穂部落が防火用水設置のために土地を買つたときに坪当り金一万円位であつた。

(6)  以上の事実を併せ考えるならば、本件土地の代金が金六五万円であるということは妥当な値段でないとは断定できない。その他原告の「被告は本件土地の売買価格を高くして神社に便益を与える目的で村の公金を支払した。」旨の主張を肯認できる証拠はない。結局右売買につき原告主張の如き無効原因がないというべきである。

二、次に被告のなした賃貸借契約に原告主張の如き無効原因があるか否かを検討する。

(一)  被告が新穂村々長として昭和三四年六月一五日訴外新潟交通株式会社に同会社の新穂駅舎を設置する目的で本件土地を、期間を二〇カ年、賃料坪当り年間金四〇円毎年四月末日限り新穂村役場に前納する約束で賃貸したこと、本件土地の一部に昭和一七年以来貯水池(間口約五間奥行約四間位。コンクリート製であり無蓋であつた。)が設置されて来ていること、本件土地上に駅舎が建築された(駅舎の地下に貯水池が当るように出来ている。)ため、右貯水池から取水するのに二カ所のマンホール(鉄蓋)を設置されたことは、いずれも当事者間に争がない。

(二)  前出の乙第一号証から第三号証まで及び被告本人尋問の結果によれば、右のように駅舎が設置されたからといつて、消火作業として消防ポンプ車を用いるかぎり、二カ所のマンホールで充分と認められる。「右駅舎の建築により右貯水池の防火用水の使用を妨げたり或は極めて不便になつた。」旨の主張に副う原告本人尋問の結果は措信できず、他に右主張を肯認するに足りる証拠はない。

よつて右貯水池が村の行政財産か否かの判断を加えるまでもなく、原告主張の如き無効原因はないというほかはない。

三、よつてその余の判断を加えるまでもなく、原告の本訴請求は失当であるから棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉井省己 龍前三郎 渋川満)

(別紙)

要約書

(請求の趣旨)

一、(一) 被告(買主)と訴外宗教法人日吉神社(売主)との間に、昭和三四年四月二七日締結された佐渡郡新穂村大字下新穂字旧社地八一八番の弐原野六四坪に対する売買契約

(二) 被告(賃貸人)と訴外新潟交通株式会社(賃借人)との間に、昭和三四年六月一五日締結された同土地に対する賃貸借契約(期間二〇年、賃料一坪について年四〇円)

は、いずれも無効であることを確認する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の原因)

第一、請求の趣旨(一)について

一、被告は新穂村村長として、昭和三四年四月二七日、訴外宗教法人日吉神社から、同神社所有の請求の趣旨記載の土地(以下本件土地という)を代金六五〇、〇〇〇円で買い受けた。(同年五月二一日所有権移転登記済)

二、しかし右の被告の行為は後に詳述するごとく、土地売買の名目の下に、その実は同神社に便益を与える目的で、訴外新穂村の公金を支出したものである。これは憲法第八九条および地方自治法第二三〇条に違反する行為であつて、右売買契約は無効であるといわねばならない。

三、けだし、本件土地の、本件売買当時の価格は近傍類似の土地の価格を基準にして算定すると、五七、一五二円(坪あたり八九三円)が相当である。(これは昭和三四年六月一三日の新穂村議会における原告の質問に対する被告の答弁の中で、被告が自から述べたことである。)

ゆえに、本件売買価格六五〇、〇〇〇円と、右の適正価格五七、一五二円の差額である五九二、八四八円は、当時拝殿の屋根修理その他で、経済的困難に陥つていた同神社の経営維持に便益を与える目的で支出されたものである。

四、かりにそうでないとしても、同神社が本件売却に際して、昭和三四年三月一四日神社本庁に対して処分認可申請をして許可を得た際の本件土地の見積価格は三〇〇、〇〇〇円である。ゆえに、前記六五〇、〇〇〇円と右の見積価格三〇〇、〇〇〇円の差額である三五〇、〇〇〇円は前記同様同神社に便益を与える目的で支出されたものである。

五、被告は昭和三三年中に新穂村を代表して、左記の各土地を公共用地として買上げている。これらはいずれも本件土地より高い価値を有し、かつ所有者はいずれも個人であるため買収の交渉は本件に比べてはるかに困難であつたにもかかわらず、買収価格はそれぞれ左記のとおりである。これらに比べてみても、本件土地の買収価格が不当に高いものであることが明らかである。

A 新潟県耕地出張所用地として土屋徳治ほか七名から

宅地一七坪を             坪あたり一、〇〇〇円

B 新穂村第一保育所および新潟県耕地出張所の敷地として、辻ハルミから

宅地一二四坪および田一反四畝一二歩を 坪あたり一、一六六円

C 新穂村健康保険病院の敷地として山田定賢および石塚権治から

田一反歩を              坪あたり一、一六六円

D 新穂村新星学園の敷地として本間辰丸から

田一反歩を              坪あたり一、一六六円

六、さらに又、本件土地の価格を評価するについては、後述するごとく、本件土地の大部分に、昭和一七年以来、新穂村が貯水池を設置していて、一般の用途には向かない土地であることに注目されねばならない。

七、本件土地は、新穂村が訴外新潟交通株式会社に新穂駅の敷地を提供する目的で、訴外日吉神社から買収したものであるが、同神社が新穂村大字下新穂、大字北方、大字新穂および大字上新穂の四部落の住民を氏子とする神社であることから、被告は右各部落から選出されている村会議員七名を同神社側との交渉委員にした。そして、氏子として同神社側と利害を一にするところのこれら交渉委員と同神社代表役員神官守屋広治との間に仮契約が行われたのち、被告と同神社との契約が成立したものである。

右の経過から推しても、本件売買契約の内容が、同神社に便益を与えるものであることは明かである。

(請求の趣旨に対する答弁)

一、原告の請求はいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

(請求の原因に対する答弁)

一、認める。

二、否認。

三、否認。

四、不知。

但し、神社に便益を与える目的で支出したとの点は否認する。

五、不知。

六、本件土地の一部分に貯水池が設置されている点は認める。新穂村が設置した点は否認する。

七、認める。

但し、氏子として神社と利害が一致する点及び本件売買契約の内容が同神社に便益を与えるものである点は否認する。

(被告の主張に対する答弁)

一、否認。

(一) の玉垣撤去に要する費用は一、〇〇〇円ないし二、〇〇〇円のはずである。

(二) の井戸は使用していなかつたものであつて、補償する必要はなかつた。

(三) の立木は二本あつたことは認めるが、その価格は七、二〇〇円もするものではなかつた。

(四) については、買収時すでに新潟交通の新穂駅を建築する目的であることは明白に神社側に分つており、それ以上の美観をそこねる建物を建築するはずのないことも明白であつたからこの補償の必要もなかつた。

二、否認。

(一) 新穂字北側の各土地のうち一〇九番の二について、売買が行われたことは認めるが、価格の点は否認する。一一二番の二と一一三番は土地台帳に該当地がない。

(二) 上新穂字川原の各土地は、いずれも土地台帳に該当地がない。

(三) 瓜生屋字川原の各土地のうち、

一二三番については、売買の事実はない。

一二四番については、所有権移転がなされていることは認めるが、売買の点は否認する。

(四)、(五)上新穂字馬場および下新穂字馬場の各土地については、売買が行われたことは認めるが、価格の点は否認する。(反あたり五〇〇円位のものであつた。)

(被告の主張)

一、本件土地を被告が買収した際の買収費積算の基礎は左のとおりである。

(一) 玉垣撤去補償費 一六〇、〇〇〇円

(二) 井戸撤去補償費  五〇、〇〇〇円

(三) 立木補償費     七、二〇〇円

(四) 地内に如何なる建築物を工築しても境内の環境、美観等について一切容嘴せぬとの補償費        一五〇、〇〇〇円

右の補償費合計三六七、二〇〇円と、買収費六五〇、〇〇〇円との差額二八二、八〇〇円が本件土地代金であるが、これは坪あたり、四、四一八円強となる。

二、当時の近傍類似地の売買価格は左のとおりであるが、本件土地の右売買価格は、これらと比べて決して不当に高額のものではなく、ゆえに原告の主張は理由がない。

地名 地番 坪あたり価格

(一) 新穂字北側

一〇九番の二

一〇、〇〇〇円

一一二番の二

一一三番

(二) 上新穂字川原

五五九番の一〇   宅地一〇、〇〇〇円

五五九番の八    畑  八、〇〇〇円

(三) 瓜生屋字川原

一二三番

一〇、〇〇〇円

一二四番

(四) 上新穂字馬場

六六七番の五       四、〇〇〇円

(五) 下新穂字馬場

六二番の一       一〇、〇〇〇円

(請求の原因)

第二、請求の趣旨(二)について

一、被告は新穂村村長として昭和三四年六月一五日訴外新潟交通株式会社に同会社の新穂駅設置を目的として本件土地を貸付けた。(期間二〇年、賃料一坪について年四〇円毎年末日限り新穂村役場に前納する。)

二、しかし、右の被告の行為は後に詳述するごとく、新穂村の行政財産を、その用途あるいは目的を妨げるような方法で貸付けたものである。これは新穂村財産および営造物条例第九条第一項および第二項に違反する行為であつて、右賃貸借契約は無効であるといわねばならない。

三、けだし、本件土地は両津市から新穂村、畑野村を経て、真野町に至る県道に面しているが、新穂村は昭和一七年以来本件土地内に、県道に沿つて間口約五間、奥行約四間の防火用貯水池を設置している。

四、右の防火用貯水池は、新穂村の消防のために設置された公共用施設であり、前記新穂村財産および営造物条例第三条の行政財産であり、かつ、同条第二項、第二号の公共用財産である。

五、その構造は、地面下に掘り下げられたコンクリート造りで、上面は無蓋にして自由に取水できるようになつていた。

六、しかるに、前記会社は右貯水池の上面を、すべてコンクリートの基礎および土台で覆い、その上に新穂駅用の建物を建築したため、貯水池の存在は外部からまつたくわからないし、又、地下の貯水池からの取水のためには、マンホール(鉄蓋がしてある)が二カ所だけ設置されているに過ぎなく、防火用水の使用に、極めて不便を来たすことになつた。

七、ゆえに、前記目的のための、本件土地の賃貸によって、本件土地上に設置されていた行政財産であるところの防火用貯水池の用途あるいは目的がいちじるしく妨げられることになつたものである。

(請求の原因に対する答弁)

一、認める。

二、否認。

三、本件土地が県道に面している状態及び、本件土地の一部に昭和一七年以来防火用貯水池が設置されている点は認める。その余は争う。

四、否認。

新穂村消防分団が設置した貯水池である。

五、認める。

六、認める。

但し防火用水の使用に極めて不便を来たすことになつたとの点は否認する。

七、争う。

(被告の主張に対する答弁)

一、否認。

二、否認。

三、否認。

(被告の主張)

一、原告主張の貯水池は、本件賃貸借契約の対象になつていない。したがつて同貯水池に対しては、なんら私権の設定はなされていない。

二、本件土地は、前記条例第三条の普通財産であつて、被告は、これを同条例第一〇条および第一二条によつて貸付けたものである。

三、かりにそうでないとしても、本件賃貸借によつて新穂村が本件貯水池の使用についてなんらの不便を来たしていないことは、左記「取極」の存在によつて明らかである。

ゆえに原告の主張は理由がない。

昭和三四年六月一五日付賃貸借契約書をもつて新穂村より新潟交通株式会社に賃貸せる同会社新穂駅敷地内に現存する防火用水槽に関して、新穂村(以下甲という)と新潟交通株式会社(以下乙という)間に左記のとおり取極めをなす。

一、本取極の防火用水槽は土地賃貸借に拘らず甲の所管とするものとし、乙はその新穂駅舎建設に際しては、乙の負担において本水槽に鉄筋の覆蓋を工築し、かつ「マンホール」を設けて、将来これが使用に支障なからしむるよう処置すること。

乙は前項加工施設を無償にて甲に提供すること。

二、乙は甲が非常の際は勿論何時たりとも本防火用水槽を使用するに異議を差挟まず、かつ進んで協力すること。

昭和三四年六月一五日

(請求の原因)

第三、本訴提起に至る経過

原告は新穂村の住民として、地方自治法第二四三条の二第一項により、昭和三四年五月二七日、新穂村監査委員に対し、被告の前記各違法行為の監査および禁止措置を請求したところ、同年六月一四日、監査委員から、右各行為はいずれも違法でない旨の通知をして来たので、同法同条第四項により、被告と前記各訴外人間の、各違法な契約がいずれも無効であることの確認を求めるため本訴に及んだ。

(請求の原因に対する答弁)

すべて認める。

別紙

参考

新穂村財産および営造物条例抜萃

第三条1、財産はこれを行政財産、財政財産および普通財産に分類する。

2、行政財産とは左に掲げる種類の財産をいう。

一 公用財産 村において直接公用に供し又は供するものと決定した財産

二 公共用財産 村において直接公共の用に供し又は供するものと決定した財産

第九条1、行政財産はその用途又は目的を妨げない限度において使用又は収益させることができる。

2、行政財産は前項の場合を除く外、これを貸付け、もしくは出資の目的とし又はこれに私権を設定することはできない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例